清浄山 禪興寺

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和尚随筆

2015.09/24

和尚随筆

念仏と禅の成仏

この夏、去る三月十一日の大震災による多くの犠牲者の冥福を祈る数多くの祭りや慰霊行事が、東北各地を中心にいまなお繰り広げられていることは記憶に新しい。参列者の願いは、なす術(すべ)もなく亡くなって逝った御霊(みたま)に対する哀惜の念と鎮魂への切なる思いであったろう。
煎じ詰めれば「どうぞ安らかに『成仏』して下さい」との一語に尽きる。
ここには生き残った私が「成仏」を祈願する側で、亡き故人が成仏を=祈られる側との相対する関係がある。
つまり「成仏」するのは、あくまで私ではなく「他者」である、というのが社会一般の「成仏」の理解であろう。
弊山の檀信徒内では、故人の成仏を祈願(南無阿弥陀仏)する葬儀後の念仏行事が、今でも「お念仏」と称して、 「契約講」により行われているのがその好例である。
しかし禅の立場から「成仏」すると言えば、誰あろうこの私こそが「成仏」する他ない。
つまり「仏に成る」=「悟る」ことこそ「成仏」なのだ。では一体どうすれば「成仏」できるのだろうか?
臨済宗の宗祖・臨済義玄禅師の言行録「臨済録」示衆にこう記す(意訳ー筆者)「おまえさん方、あのお釈迦さんとちっとも変わらんじゃないか。人生当たり前に生きとるのに、一体何の不足があるか。ありのまま、そのままでよいのだ。」「思い通りにゆかぬ原因を外にばかり求めておるから一向埒(らち)があかぬ。他人の言葉や思惑ばかりに気を取られて、ああでもない、こうでもないと気を揉んで、萎縮したり、自信喪失したりして、自己を見失い、自分自身を最後まで信じ切れないことが最大の誤りだ。自分のこころが作り出した邪(よこしま)な欲望や不安、心配、取り越し苦労、未練、執着で、自分で自分を苛(さいな)み、傷つけ、苦しめておるのだ。」「だから、外に向って求めることを止めよ!止めさえすれば、目の前でわしの話を聞いておるおまえさん方一人残らずそのまま、あのお釈迦さんと寸分違(たが)わぬ仏なのだ」と。
禅宗では専(もっぱ)ら「坐禅」を行じる。
背筋を立て、腹式呼吸によって体内の呼気を残らず吐き切り、呼吸と一つとなる。
身体を調(ととの)え、呼吸を調えれば、自ずから心が調ってくる。自然の摂理である。あらゆる妄想、邪念を一息ごとに捨て去る「無我」の境地。先ず「自分を空っぽ=ゼロになる」ところから始めて、畢竟我とその他の境が取り払われてしまえば「自他(じた)不二(ふに)」に至る。
「ちっぽけな自我」を捨て去り、捨て去って最後に残る究極は、決して捨て去る事のできない絶対普遍の自己=仏性(ぶっしょう)である。その「仏性=自らの腹の底(=無)から聞こえてくる生まれながらの真実の声」に耳を傾ける爲の、「時間」と「場所」と「心の余裕」を持ちなさい、というのが坐禅なのである。

供養する者の安堵

さて釈尊はこの世を「一切苦」と喝破された。
「苦」とは「思い通りにならぬ」ということだ。
この世の中、宇宙全体は「ちっぽけな私の好き勝手な思惑=色メガネ」とは全く無関係に、自然の摂理に従い粛々と動いて止まぬ。
だからその乖離(かいり)(そむき離れること)への不満は、我が心にたぎる三毒(貪瞋痴(とんじんち)=むさぼり、いかり、おろかさ)となり、自らこれを手放さぬ限り、我が身を苛み続ける(=「成仏」できぬ)道理である。
今般の大震災で筆舌に尽くし難い辛く、苦しく、悲しい体験をされた方々の多くが、心中際限なく繰り返したであろう自問自答は「なぜ?どうして?夢であって欲しい」との切なる思いであったろう。
問答無用に我が人生の礎(いしずえ)を、根こそぎ奪い取っていったあの自然の猛威に対し、やり場のない憤懣(ふんまん)と愛別離苦の悲しみが、多くの被災民を繰り返し苦しめたに違いない。
しかし自分の身の周りの多くの人々が共に悲惨な思いを抱え、その日その日を生きるのに精一杯である生活の真っ只中で、多くの方々は自らの生(なま)の感情や絶望を、我が心の内に秘めたまま、人生の不条理に苦しみ抜いてこられた日々であったろう。
三陸沿岸部の寺院の復興に何度か足を運んでいる。
津波によって新築間もない本堂や、庫裡、墓地が壊滅的な被害を受け、多くの檀信徒の命が奪われた。
今尚多くの被災者が行方不明となっているその寺で、去る四月二十八日、四十九日法要が、瓦礫を押し分けようやく営まれた。
当日、電話や電気が寸断されたままの瓦礫山積みの地に、口コミで知った遺族、親族が次から次へと押し寄せ、本堂内は立錐の余地も無い程の人いきれとなった。
全国から駆けつけた復興ボランティアの僧侶たちも一体となった読経は、僧俗問わず心中深く染み渡り、朗々と堂内に響き渡り、五百人を優に超える群集の涙腺(るいせん)を引き絞った。
駐車場に仮設した施餓鬼棚で、亡き人への思いを胸に洗米と水向け、鎮魂の焼香が参列者一人残らず延々と営まれた。
法要を終え、海辺への献花をし終えた人々には、つい先程来山した折の沈痛な表情はもはや無い。
何もしてやれなかった最愛の亡き人に、やっとせめてもの供養をしてやれた安堵感が、どの参列者にも晴れ晴れとした笑顔と談笑となって溢れていた。
それは被災者が五十日振りにようやく自分の心のやり場を取り戻した一瞬と感じられた。
ここを一つの節目として、復興への足掛かりを得たい、との思いが少しでも満たされたならば幸いである。
そこには成仏を祈る側も祈られる側の区別も無い。
祈る自分とその他の周囲の人々との境も無い。文字通り「自他不二」の世界が現前した一瞬であった。
納得しきれぬ現実をありのまま受け止める事でしか、人は救われぬ=「成仏」できぬ。
ありのままの現実をありのまま心に受け入れて初めて、人は新たな一歩を踏み出せる。悲しみ、苦しみを想い出に振り替えて、生きる活力に昇華することができる。それこそが「祈り」、読経の「功徳」ではなかろうか。

自らの痛みを心の種子(たね)として

一人ひとりの悲しみ、苦しみ、辛い経験は千差万別、個別具体的なもので、「死者行方不明者何人」などと言う数字では決して表せない。しかしながら、この私の「苦」は私一人が味わう孤立無援の「絶望」ではない、生きとし生ける者が必ず味わう普遍的な悲しみ、苦しみ、辛さである、と自らの経験を通して心底徹底「気付く」ことで、人は自分の周囲、眼前に渦巻く他者の心の痛みに共感する。「慈悲」とは(大いなる友情)+(呻(うめ)き苦しむ)から成る。塗炭の苦しみを自ら乗り越えたものだけが、他者との心の境を取り払い、眼前の他者の悲しみ、苦しみ、辛さを我がものとして、最高の友情の手を差し伸べることができるのであろう。そこには自らの痛みを心の種子として、大いなる慈悲心の「誓願」の花を咲かせた「転換」がある。
鈴木大拙師は「禅とは何か」の中でこう記されている。「禅は『一念の浄信』である」「この一念とは」「全人格の力の限りを一つの信念に集中したのである。この集中が頂点に達するとき、そこに転換がある。この転換が浄信を生ずる。」「他力と禅宗とは、さまで違ったものではないのだ。」「一念の浄心はいずれにもある。」と。
「若(も)し能(よ)く是(かく)の如く見(けん)特(とく)せば、祇(ただ)、是(こ)れ一生無事の人なり」(臨済録)

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和尚随筆

2015.09/24
和尚随筆

念仏と禅の成仏

この夏、去る三月十一日の大震災による多くの犠牲者の冥福を祈る数多くの祭りや慰霊行事が、東北各地を中心にいまなお繰り広げられていることは記憶に新しい。参列者の願いは、なす術(すべ)もなく亡くなって逝った御霊(みたま)に対する哀惜の念と鎮魂への切なる思いであったろう。
煎じ詰めれば「どうぞ安らかに『成仏』して下さい」との一語に尽きる。
ここには生き残った私が「成仏」を祈願する側で、亡き故人が成仏を=祈られる側との相対する関係がある。
つまり「成仏」するのは、あくまで私ではなく「他者」である、というのが社会一般の「成仏」の理解であろう。
弊山の檀信徒内では、故人の成仏を祈願(南無阿弥陀仏)する葬儀後の念仏行事が、今でも「お念仏」と称して、 「契約講」により行われているのがその好例である。
しかし禅の立場から「成仏」すると言えば、誰あろうこの私こそが「成仏」する他ない。
つまり「仏に成る」=「悟る」ことこそ「成仏」なのだ。では一体どうすれば「成仏」できるのだろうか?
臨済宗の宗祖・臨済義玄禅師の言行録「臨済録」示衆にこう記す(意訳ー筆者)「おまえさん方、あのお釈迦さんとちっとも変わらんじゃないか。人生当たり前に生きとるのに、一体何の不足があるか。ありのまま、そのままでよいのだ。」「思い通りにゆかぬ原因を外にばかり求めておるから一向埒(らち)があかぬ。他人の言葉や思惑ばかりに気を取られて、ああでもない、こうでもないと気を揉んで、萎縮したり、自信喪失したりして、自己を見失い、自分自身を最後まで信じ切れないことが最大の誤りだ。自分のこころが作り出した邪(よこしま)な欲望や不安、心配、取り越し苦労、未練、執着で、自分で自分を苛(さいな)み、傷つけ、苦しめておるのだ。」「だから、外に向って求めることを止めよ!止めさえすれば、目の前でわしの話を聞いておるおまえさん方一人残らずそのまま、あのお釈迦さんと寸分違(たが)わぬ仏なのだ」と。
禅宗では専(もっぱ)ら「坐禅」を行じる。
背筋を立て、腹式呼吸によって体内の呼気を残らず吐き切り、呼吸と一つとなる。
身体を調(ととの)え、呼吸を調えれば、自ずから心が調ってくる。自然の摂理である。あらゆる妄想、邪念を一息ごとに捨て去る「無我」の境地。先ず「自分を空っぽ=ゼロになる」ところから始めて、畢竟我とその他の境が取り払われてしまえば「自他(じた)不二(ふに)」に至る。
「ちっぽけな自我」を捨て去り、捨て去って最後に残る究極は、決して捨て去る事のできない絶対普遍の自己=仏性(ぶっしょう)である。その「仏性=自らの腹の底(=無)から聞こえてくる生まれながらの真実の声」に耳を傾ける爲の、「時間」と「場所」と「心の余裕」を持ちなさい、というのが坐禅なのである。

供養する者の安堵

さて釈尊はこの世を「一切苦」と喝破された。
「苦」とは「思い通りにならぬ」ということだ。
この世の中、宇宙全体は「ちっぽけな私の好き勝手な思惑=色メガネ」とは全く無関係に、自然の摂理に従い粛々と動いて止まぬ。
だからその乖離(かいり)(そむき離れること)への不満は、我が心にたぎる三毒(貪瞋痴(とんじんち)=むさぼり、いかり、おろかさ)となり、自らこれを手放さぬ限り、我が身を苛み続ける(=「成仏」できぬ)道理である。
今般の大震災で筆舌に尽くし難い辛く、苦しく、悲しい体験をされた方々の多くが、心中際限なく繰り返したであろう自問自答は「なぜ?どうして?夢であって欲しい」との切なる思いであったろう。
問答無用に我が人生の礎(いしずえ)を、根こそぎ奪い取っていったあの自然の猛威に対し、やり場のない憤懣(ふんまん)と愛別離苦の悲しみが、多くの被災民を繰り返し苦しめたに違いない。
しかし自分の身の周りの多くの人々が共に悲惨な思いを抱え、その日その日を生きるのに精一杯である生活の真っ只中で、多くの方々は自らの生(なま)の感情や絶望を、我が心の内に秘めたまま、人生の不条理に苦しみ抜いてこられた日々であったろう。
三陸沿岸部の寺院の復興に何度か足を運んでいる。
津波によって新築間もない本堂や、庫裡、墓地が壊滅的な被害を受け、多くの檀信徒の命が奪われた。
今尚多くの被災者が行方不明となっているその寺で、去る四月二十八日、四十九日法要が、瓦礫を押し分けようやく営まれた。
当日、電話や電気が寸断されたままの瓦礫山積みの地に、口コミで知った遺族、親族が次から次へと押し寄せ、本堂内は立錐の余地も無い程の人いきれとなった。
全国から駆けつけた復興ボランティアの僧侶たちも一体となった読経は、僧俗問わず心中深く染み渡り、朗々と堂内に響き渡り、五百人を優に超える群集の涙腺(るいせん)を引き絞った。
駐車場に仮設した施餓鬼棚で、亡き人への思いを胸に洗米と水向け、鎮魂の焼香が参列者一人残らず延々と営まれた。
法要を終え、海辺への献花をし終えた人々には、つい先程来山した折の沈痛な表情はもはや無い。
何もしてやれなかった最愛の亡き人に、やっとせめてもの供養をしてやれた安堵感が、どの参列者にも晴れ晴れとした笑顔と談笑となって溢れていた。
それは被災者が五十日振りにようやく自分の心のやり場を取り戻した一瞬と感じられた。
ここを一つの節目として、復興への足掛かりを得たい、との思いが少しでも満たされたならば幸いである。
そこには成仏を祈る側も祈られる側の区別も無い。
祈る自分とその他の周囲の人々との境も無い。文字通り「自他不二」の世界が現前した一瞬であった。
納得しきれぬ現実をありのまま受け止める事でしか、人は救われぬ=「成仏」できぬ。
ありのままの現実をありのまま心に受け入れて初めて、人は新たな一歩を踏み出せる。悲しみ、苦しみを想い出に振り替えて、生きる活力に昇華することができる。それこそが「祈り」、読経の「功徳」ではなかろうか。

自らの痛みを心の種子(たね)として

一人ひとりの悲しみ、苦しみ、辛い経験は千差万別、個別具体的なもので、「死者行方不明者何人」などと言う数字では決して表せない。しかしながら、この私の「苦」は私一人が味わう孤立無援の「絶望」ではない、生きとし生ける者が必ず味わう普遍的な悲しみ、苦しみ、辛さである、と自らの経験を通して心底徹底「気付く」ことで、人は自分の周囲、眼前に渦巻く他者の心の痛みに共感する。「慈悲」とは(大いなる友情)+(呻(うめ)き苦しむ)から成る。塗炭の苦しみを自ら乗り越えたものだけが、他者との心の境を取り払い、眼前の他者の悲しみ、苦しみ、辛さを我がものとして、最高の友情の手を差し伸べることができるのであろう。そこには自らの痛みを心の種子として、大いなる慈悲心の「誓願」の花を咲かせた「転換」がある。
鈴木大拙師は「禅とは何か」の中でこう記されている。「禅は『一念の浄信』である」「この一念とは」「全人格の力の限りを一つの信念に集中したのである。この集中が頂点に達するとき、そこに転換がある。この転換が浄信を生ずる。」「他力と禅宗とは、さまで違ったものではないのだ。」「一念の浄心はいずれにもある。」と。
「若(も)し能(よ)く是(かく)の如く見(けん)特(とく)せば、祇(ただ)、是(こ)れ一生無事の人なり」(臨済録)

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